網を繕う漁師さん(「老人と海」のスペンサー・トレイシーみたいな)が
自転車に乗った中年女性に向かって、
「漁師でも、船酔いはするもんだ」と告白するのが聞こえてきた。
何か、ものすごく嬉しくなった。
そのまま魚市場の建物の横から港の外へ出る。
開店前の食堂の入り口に、遊園地の回転ブランコのようなものが回っていた。
ブランコに乗っているのは魚の干物。
変なもんだな、と思いながらしばらく眺めた後、「あわい」へと入り込もうとした矢先、
いきなり背中に声を掛けられた。
「店に用事があるんだったら、きいてあげるよ。」
おばさんがこちらを睨みつけていた。
「いや、干物の機械が面白くて、ついみとれてました。」
「うん、和歌山で買ってきたそうだよ。」
「面白いですね。」
「うん、よく乾くそうだ。」
そのまま歩き出すと、日和佐の「あわい」は迷宮だった。
いくつかの狭い通りが塀や家に突き当たるたびに、
当てもなく右か左へ曲がる。
曲がるたびに、ちょっとした不思議なものに出会う。
道端に置かれた赤い「消火器具庫」。
軒先に放置されたアイスクリームの冷蔵庫。井戸。
普通の民家が並ぶ間に、ポツンと酒屋があったり、表具屋があったりする。
何が目の前に飛び出してくるかわからない。
そうしているうちに、何もかもが面白いものに思えてくる。
道を横切る猫の尻尾でさえも、特別な愛おしいものにみえてしまう。
変哲もないたたずまいの漁村の路地が、
ギリシャかどこかの白い迷路のようにみえてくる。
われに返ったのは、町並みに不釣合いな役場の建物に出くわしたときだった。
0 件のコメント:
コメントを投稿